本作には数々の台湾家庭料理が登場しますが、それらの料理の監修は「辻調理師専門学校」の先生にしていただきました。
「ママ、ごはんまだ?」になくてはならない”料理”を支えてくださった先生を映画に関するインタビューと一緒にご紹介します。

 
 
Q.先生が脚本を読まれた時の感想、または何を強く感じられましたか?
 
塘先生:場面、場面で料理が登場しますから、その時の情景が脳裏に浮かびました。ストーリーの中でかづ枝さんがその時どんな思いを込めて料理を作られたかがよく伝わりました。また料理を通じて妙さんが家族とのつながりをより強く感じていく様子がよくわかりました。私としては読み終えたとき、なぜか故郷に居たころの自分のことを思いました。「あの時、ああすればよかったとかなあ」という風に主人公と同じく、いまさら詮無きことを考えました。
 
木村先生:幸せなとき、悲しいとき、嬉しいとき、イライラするとき、仲直りのとき、乗り越えるとき、思いをはせるとき、すべての時に料理がでてきて、この家族愛も料理でつながっている。思い入れが温かく、愛にあふれた作品だと感じました。
 
 
Q.脚本を読まれて、監督ともお話をしながら料理を考えられたのですか?
 
塘先生:原作者、監督のお話をお聞きし、なるべく実際に近くなるように考えました。時代背景なども考え、当時手に入手できたであろう食材で料理を考えました。中心にあるのはかづ枝さんのレシピ。再現するに当たり、かづ枝さんの人となりもちゃんとお聞きして考えました。かづ枝さんはおおらかな性格の一方で手先が器用な方ですので、切り方など繊細な部分も意識しました。
 
木村先生:打ち合わせの段階は塘がやっておりましたので、塘から指示は受けました。
 
 
Q.今回のレシピを考える上での大事なポイントは何でしたか?
 
塘先生:料理にはそれぞれのストーリーがあるものが多いので、たくさんあるかづ枝さんのレシピの中で、よく登場するレシピは当然ですが、劉太太から受け継いだ台湾時代のレシピなど、気持ちがこもった料理を選びました。またかづ枝さんのレシピを再現する上で、家事をてきぱきこなす、かづ枝さんですから、プロ的な余計な仕事は省かれているなと感じました。そのため、あくまで家庭料理を意識して再現しました。しかし一方で料理の美味しさとか美しさなど繊細な部分もアピールする必要があったので細かい点の調整は難しかったです。
 
木村先生:今回私どもの中国料理班で初めての映画の撮影協力をするとは聞いておりましたが、私自身が携わるとは思ってもおりませんでした。実際に、手元の吹き替えをと言われたのは東京に行く約1週間前でしたので、レシピ、料理等を考えるところに携わることはできませんでした。
 
 
Q.撮影中の苦労したお話、楽しかったお話をいくつか教えて下さい。
 
塘先生:レシピでは計量で碗1杯とか、ひと握りとか、かづ枝さんのさじ加減で味が変わるものもあります。また隠し味としての香辛料もあり、時間もあいまいです。再現中躓いたら、その都度脚本、原作本を読み返しヒントを探しました。おかげで同じように再現できたかなとは思っています。今回白羽組の一員として一緒になって一つの映画をつくり、苦労も楽しさも共有できたこと、また撮影外で、映画関係者の方々とゆっくりお話しでき、若手の育て方とか調理師と共通する話題で盛り上がったり、映画の苦労話とかのお話が面白くて、大変楽しい時間を過ごすことが出来て良かったです。
 
木村先生:当たり前のことかもしれませんが撮影現場にいたすべての人がプロ中のプロ、一つ一つがこだわりの点でそれがすべて繋がって線になっているような感じでしょうか。うまく言えませんが、とにかく圧巻で感動しました。昼が夜になったり、小物、配置で1980年代にタイムスリップしたり、雨音も見事に消えたり、毎回絶妙な位置からの絵、それらをサポートしている方々、そして監督の思い。素敵で、うっとりするほどのチームでした。
私たちが撮影協力に行ったのは2月で、とても寒く、凍えるようでした。料理を作成した場所も小屋の中で、ガスコンロ、作業スペースもほんの少しで、普段とは真逆の環境でした。私と小川先生は現場にいましたが、「どんな状況でも最高のものを作り上げる」と、私もかなりこだわりました。
 
 
Q.映画をご覧になったご感想とスクリーンでの料理の映り方は如何でしたか?
 
塘先生:料理の温度感、シズル感等、料理がとてもリアルに撮れていましたので、大変うれしく思いました。想像以上です。
 
木村先生:なんとも言えない気持ちでした。みなさんの思いが詰まった作品。料理も最高で臨場感があふれていました。この作品に携われたことを誇りに思い、日々精進していきたいと思っております。